平野綾*口

声優というものを表すのに口は、あるいは鼻の穴と同等にまず目に付く部位であろう。我々声ヲタの想像力が、直接暗い穴の中から湧き出てくる器官なのだ。また、性的なシンボルとしての側面も忘れるべきではない。下品な言い方で申し訳ないが、アソコとは下の口であり、上の口は上の膣ではない。我々を誘惑する蟲惑的な暗喩、それが口なのだ。
 平野綾を若手トップクラスと推す向きもある。フェティッシュな小文の中であるので、その是非は問わない。しかし、人はなぜこんな小娘に惹かれるのか。彼女を見たときに気付かざるを得ない点が二つ。一つはその光り輝く、分不相応に大きなおでこ。彼女の知性というものの表象である。そしてもう一つが口である。彼女の口を見ると恥ずかしながら涼宮ハルヒアヒル口というものを想起せずにいられない。ハルヒはよく喋る。おそらくキョンも彼女の部位でどこを一番良く見ているかといえばその大きな口ではないのか。神的なものを呼び込む力は彼女の口にあるのだから。そして平野綾の口であるが、その波打つアヒル口は誘蛾灯のようであり、そして破顔したときに現れるのはその大きくスクエアな口である。彼女は知っているのだ、人が何に惹き寄せられるかを。それは大きな黒い瞳と、大きな口、そして唇である。大きな瞳は彼女の意思を表す。そして大きな唇は彼女の傾城の素質を表しているのだ。傾城の美女というのはオトコの隙間に入り込む賢さをもつ女性である。彼女の唇には知性と獣性が共生しているのである。我々はこれから彼女に骨抜きにされるのだ。そのような恐怖に満ちた未来の記憶が、安全弁的にまだ危険ではないその唇に目をいかせる。文頭では想像力が湧き出る泉と書いた。しかし、我々は恐れるべきであったのだ。声ヲタの意思を飲み込むその深く暗い淵を。声ヲタへの死刑宣告としての平野綾の口はまさしく墓場なのである。あくまで口唇しか見てはいけない、いけなかったのだ。我々にはその内なるものを語る言葉を、未だ、持たない。(系)