桑島法子*目

桑島法子は、いつも何かを凝視している。のっそりと、熊めいた前傾姿勢で、あるいは定規でも背中に当てているかのごとき直立姿勢で、彼女の瞬きせぬ大きな瞳は、ひた、と余人の目には映らぬ何かに向けられ続けている。その視線の鋭さが端正な目鼻立ちの印象をかすませ、尖った顎や耳、上唇は薄く下唇は厚く下方へのカーブの強い唇と相俟って、あの悪魔的な異貌を生み出しているのだ。岩手に生まれたから、声優になった。沖縄に生まれていれば、ノロになっていた。そのような霊性の印象が、彼女の大きな目にはつきまとう。あの目にはきっと我々凡愚には思いもよらぬ何かが映っているに違いない。少年時代には理解できなかった何かが、この歳になると理解できる、という事は多々ある。昔、私は幾原邦彦がアニメーション制作とは祭なのだ、と言ったその意味を理解せず、電波なオヤジだ、と思っただけであった。しかし、異貌にして異能の声優桑島法子との十数年が、やっと私の細い目をも見開かせてくれた。クリエイションとは、一般に、霊性の場だ。そうとしか呼べない理屈を越えた何かに関与されざるを得ない過程だ。なかんずく、声優とはそのようなクリエイションの儀式の最終段階、キャラクターに魂を吹き入れる、まさに作品のスピリチュアルな場を取り仕切る巫なのである。その巫の巫たるの所以が、あの目には、ある。無理矢理見開かされたかのごとき、あの大きさ、三白眼気味に小さな瞳の、いつも何かを畏れているかのごとき風情。それは、神を見てしまったものの目だ。神を見たものが、何を声ヲタごときを恐れる事があろう。何を声ヲタごときに媚びる事があろう。彼女は、垣間見える神、深淵、異界にだけ、憧れている。我らを深淵へと差し招くタナトスの呼び声。あの視線の鋭さと熱さが伝える、桑島の憧れはまさにそう形容するに相応しい。法子よ、十年遅れの草薙雄嵩、その目で我らを破滅へ導く笛を吹き続けてくれ!(郁)