代永翼

おおきく振りかぶって』、この現代最強の野球漫画のアニメ化については、ひとつ、巨大な懸念が持たれていた。はたして、主人公の三橋を演じられる声優は存在するのか。純然たる、へたれ少年声。かっこよかったり中性的だったりはしてはならない、ただひたすらに気弱で情けない少年の声。特権的な少年の美を否応もなく醸しだしてしまう女性声優は、一切相応しくない。石田彰優希比呂阪口大助、つまり中性的な可愛い声の男性声優も全滅だ。唯一、純へたれ声優として白鳥哲が知られていたが、三橋には、白鳥キャラの知能指数すら、あってはならないのである。そもそも白鳥は少年声というよりは青年声だ。では、一体誰が三橋に声を当てられるのか?
 結局、この懸念は至極簡単に解決を見た。そういう声を持った新人がひょっこりと現れたからだ。その新人声優こそ、本稿の主題である賢プロダクション所属の代永翼である。
 中性的では全くない少年声、可愛げも殆どなく、ただ野暮ったく、へたれていて、聞いていて苛立たしくさえある。いい声、がある程度は前提とされる声優界には、ついぞなかった声。美声だけでは声優の仕事は回らない、などというのは声優養成所のよくあるうたい文句だが、代永翼は、実にエレガントにこの命題を証明して見せた、と言っていい。
 未曾有の声優に対して、彼或いは彼女が開く新たな表現の地平にアニメ業界はひとまず敏感だ。だから、代永は先述の『おお振り』のみならず『機神大ギガンティックフォーミュラ』といきなり二本もの主演作をこの春クールから持たされる事になった。しかし、代永は必ずしもユニバーサルな才能の持ち主というわけではない。伯楽なくして名馬は千里を走らない。『おお振り』『GF』という情けない少年声を求める作品とデビュー年に出会えた強運には、だから戦慄すべきスター性を感じずにはいられない。(郁)